トークコーナー

ベートーヴェン交響曲第1番について 後編

←【前編 (1)ドミソとソラシドレミファソ (2)ひとりぼっちの二楽章】

No.4 (3)ナニコレ、余計じゃない? その1


練習企画係
では、(3)はいかがでしょう。「余計じゃない?」とは大作曲家の曲に対して大きくでましたね(笑)。

宮崎
「余計」とは確かにちょっと言い過ぎかもしれませんが(汗)、当時の人が聴いたらそう感じるのではないかという意味です。ベートーヴェンにしてみればモーツァルトやハイドンといった大作曲家の曲は「創造の壁」として眼前に存在していたわけですから、そうした「創造の壁」をベートーヴェンが必死に乗り越えようと苦心した箇所と表現するのが正しいかもしれません。ベートーヴェンは、自分の作った交響曲が、モーツァルトの42番だとか、ハイドンの105番だとかは絶対に言われたくなかったはずです。モーツァルトやハイドンの作品にはなかった要素に着目すると、彼の強い意図が見えてくるかと思います。

私たちが会社の上司から、「今までにない斬新な企画を出せ!」「新規市場を開拓するアイデアを出せ!」と言われた時の悩み苦しみに似ているところがあるんじゃないでしょうか。スケールは小ぶりですが(笑)。

練習企画係
面白い切り口ですね!それなら我々素人にも着目しやすいですし、苦しみやつらさも共感できそうです(笑)。では、どんなところが「創造の壁」を乗り越えた箇所でしょう。

宮崎
一番はっきりしているのは、4楽章の序奏ではないでしょうか

モーツァルトの交響曲にもハイドンの交響曲にも、4楽章でこうした序奏が付いているものはちょっと思い出せません。知らないだけなら申し訳ないですが、有名なのにはまずないですよね。いずれも快活なテンポの曲がいきなり始まるのが通例です。当時の視点からすれば、4楽章の序奏はなくして、いきなり快活なテンポの箇所から初めても違和感はないはずです。

練習企画係
確かにその通りかもしれません。いまわれわれが初めてこの曲を聴いたとして、4楽章の序奏がなかった場合でも、違和感はそれほどないでしょうね。

宮崎
電車でうつらうつらしながらこの曲を聴いていた時に、第4楽章が始まって、「(ベト1の後に収録されている)CDの5トラック目の序曲が始まったのか」と思いました。4楽章の頭にこんな衝撃を持ってこなくても当時は誰も文句は言わなかったはずなのです。ですから、この衝撃は何か意味があるはずなのです。「学生注目!」みたいな。

そう思って楽譜を見てみると、この序奏は先ほど指摘した「ソラシドレミファソ」で構成されていることに気が付きます。しかも次第に上昇していく。上昇していくのには意味があるはずです。僕もいろんな意味で上昇したいですから!
「ソラシドレミファソ」が第1楽章の序奏の最後で登場したときはト長調で上昇する音階になっていました。しかし、第4楽章の序奏ではハ長調の音階になっています。ここにも、ベートーヴェンが強い意味付けを与えて作曲していたことがうかがえます。全曲を聴いて初めて伝わるメッセージのようなものを考えていたに違いありません。超面白いです。ドキドキワクワクポイントです。

No.5 (3)ナニコレ、余計じゃない? その2


練習企画係
他に、「創造の壁」を打ち破ろうとした箇所としてどんなところがあるでしょうか。

宮崎
先ほど二楽章の話をしましたが、二楽章は全体を三つに分けられるのですが、第一部は64小節、第二部は36小節、第三部は95小節と第三部がかなり長大になっています。しかも、冒頭のテーマが何回も出てくる。何回使うの?みたいな。

練習企画係
そういえば、二楽章のスコアを眺めていると、第三部の途中(163小節目)で和声的に曲が終了してもおかしくない、と感じたことがあります。

宮崎
でも、そこからまたテーマが始まるんですよね。何回も使うということは、大事な意味があるということでしょう。ところが、我々アマチュアは特にそうだと思うんですが、なんでこんなに何度も出てくるのか意味がわからずに演奏して、すぐに退屈な音楽になってしまう。幼稚園児がふりがなのある聖書を朗読している感じでしょうか笑。難しいです。
ヒントはこのメロディーにあるはずです。本番までに見つけないと退屈な演奏になってしまいますね…(汗)。

No.6 (4)三楽章のトリオ(中間部)はなぜこんなに単純か


練習企画係
最後に、(4)について聞かせてください。三楽章については、バーンスタインが解説の中で、「いままで交響曲の定番の三楽章はメヌエットだったが、ベートーヴェンがテンポの速いスケルツォを導入して革命を起こした」という趣旨の解説をしています。

宮崎さんの注目点は、冒頭のスケルツォではなく、中間のトリオなのでしょうか。

宮崎
もちろん、冒頭のスケルツォのようなメヌエットは、初めて聴いた人の度肝を抜いたことでしょう。だから感想が「軍隊の音楽みたいだった」となったことと思います。ティンパニの乱れ打ちに痺れます。
そして、ここがやはりソラシドレミファソで構成されているのは大事な点だと考えています。

ところが、そうしたアイデアに満ちたスケルツォにくらべて、トリオはやけに単純なんです。試しにピアノでトリオを弾いてみたのですが、弦楽器の細かい飾りの音符は別にして、主なメロディーは鍵盤楽器初心者の私でもなんとなく弾けてしまう…(笑)。ここだけ取り出したらベートーヴェンと気づかない人も多いかもしれません。

練習企画係
問題なのは、なぜ凝ったものを作れるベートーヴェンが、あえて素朴な音楽を作ったのか、ということですね?

宮崎
はい。その通りです(笑)。そういうことを☆オケのメンバーと一緒にひも解きながら、ベートーヴェンの人生や創意工夫に共感をしながら、演奏したいと思っています。
こうしてできあがる演奏は、私たち☆オケのメンバーにしかできない、私たちのベートーヴェン第1番になります。だって私たちが感じたベートーヴェンですから。
きっと演奏者一人一人の人生を鏡のように映し出してくれることでしょう。そこがすごいことだと思っています。ベートーヴェンの演奏をしながら、自分の人生と対峙している、という体験になるのです。それを耳にしたお客様が、聴きながらいろんなことに思いを馳せる…、そんな演奏会になればうれしいです。ご期待ください。

↑ PAGE TOP